こと座〜探し方と神話:オルフェウスの竪琴

オルフェウスは、太陽と音楽の神アポロンと、歌の女神カリオペとの間に生まれた子どもでした。そういう血筋ですから、ギリシャ有数の音楽の名手になったのも当然のことだったと言えるでしょう。
オルフェウスが竪琴を奏でながら歌うと、人間はもちろん、野山の動物たちや足元の雑草さえも聞きほれ、岩でさえやわらかくなったと言われるほどでした。

オルフェウスは美しい泉の妖精エウリディケと恋をして、神々の祝福を受けて結婚しました。しかし、幸せな結婚生活は長くは続きませんでした。
ある日の事、2人で散歩をしている途中、エウリディケはとつぜん毒蛇に足をかまれて、そのまま息を引き取ってしまったのです。

『オルフェウスとエウリディケ』

『オルフェウスとエウリディケ』
“Orpheus and Eurydice” by Louis Hersent, John H. Wrenn Memorial Collection, CC0 Public Domain via the Art Institute of Chicago

最愛の妻を突然失ったオルフェウスは、悲しみのあまり、もう二度と竪琴をひくまい、と決心したほどでしたが、どうしてもあきらめることができません。
エウリディケがいなくては自分は生きていくことができない、と思いつめたオルフェウス。なんとかして妻を取り戻そうと決心します。

竪琴を手にしたオルフェウスは、地下にあるという死者の国、冥界を探しに旅立ちます。
竪琴を奏で、エウリディケを思う歌を歌いながら歩くオルフェウスに、すべてのものが、冥界への道を指し示してくれたといいます。

やがて、冥界の入り口を探し当てたオルフェウス。
そこには生者と死者とをへだてる川が流れています。

『地獄の渡し守カロン、ギュスターヴ・ドレ『神曲』挿画より』

『地獄の渡し守カロン、ギュスターヴ・ドレ『神曲』挿画より』
Charon. Illustration of Dante’s Divina Commedia, Gustave Doré, Public domain, via Wikimedia Commons)

ここを守るのは地獄の渡し守カロン。
オルフェウスはカロンに川を渡してくれるように頼みましたが、生きているものを渡すわけにはいかないと拒絶されます。
そこでオルフェウスはまた、竪琴を奏でながら歌い始めました。
するとカロンは、無表情な青黒い顔に涙を浮かべながら、川を渡してくれました。

入り口を守っているのは、地獄の番犬ケルペロス。
生きた人間であるオルフェウスがやってきたのを見て、ケルペロスは激しく吠え立てました。
今にもオルフェウスをかみ殺そうとしたときに、かれは竪琴をとって歌いました。
するとケルペロスはまるで猫の様におとなしくなって、オルフェウスを通してくれました。

『(ケルベロスと思しき魔物と対峙する)オルフェウス』

『(ケルベロスと思しき魔物と対峙する)オルフェウス』
“Orpheus” by Agostino Veneziano 1528, The Elisha Whittelsey Collection, The Elisha Whittelsey Fund, 1949, Public domain, via The Metropolitan Museum of Art

川をわたったオルフェウスは、竪琴を奏でながら冥界の奥へ奥へ進んで行きます。
そこには様々なものたちが、生前の行ないによって、終わることのない罰を受けていました。
彼らはオルフェウスの竪琴を聞いて、刑罰のつらさをしばし忘れて聞きほれたといいます。

やがて冥界の王ハデスの前にたどり着いたオルフェウス。
ハデスはもちろん、一度冥界にきた人間が地上に戻るなど、許されるはずがない、と、冷たく拒絶します。
ここでもオルフェウスは全身全霊をこめて、妻を思う歌を歌いました。
それを聴いたハデスの目から、生まれて初めて涙がはらはらとあふれ落ちました。
それまでハデスは泣いたことなどなかったんですね。

そしてきわめて異例のことではありますが、オルフェウスに妻を返そうと約束をしてくれたのです。

冥府のオルフェウス

冥府のオルフェウス
Orpheus in de onderwereld, Magdalena van de Passe (mogelijk), naar Jacob Isaacsz. van Swanenburg, ca. 1636 – 1670, Public domain, via The Rijksmuseum (the national museum of the Netherlands)

ただし「冥界を出るまでは、決して後ろを振り返ってはならぬ」とハデスは命じました。
オルフェウスは天にも昇る思いで、エウリディケを従えて地上へ向かいます。
けれども地上に通じる道はとても長く、暗く、オルフェウスは次第に心配になってきます。

エウリディケの足音がよく聞こえない!
本当についてきているのだろうか・・・?

やがて地上の光がかすかに見えてきたとき、彼は我慢できなくなり、つい、振り返ってしまいます。
その瞬間。小さな叫び声とともに、エウリディケの姿は、幻のように消えていきました。

『オルフェウスとエウリディケ』

『オルフェウスとエウリディケ』
“Orpheus and Euridice, w486” by Black Country Museums is licensed with CC BY-NC-SA 2.0. To view a copy of this license

オルフェウスは半狂乱で彼女のあとを追いました。しかし今度は渡し守もどうしても川を渡してくれません。
失意のオルフェウスは、竪琴を奏でながら野山をさまよい歩きます。
悲しみのあまり、とうとう彼は、竪琴と一緒に川に身を投げて、妻のいる死者の国へ、本当に旅立ってしまったのでした。

また別の説によれば、エウリディケの幻を追いつづけたオルフェウスは、女性をけっして近づけようとしなかった、そのため女性たちの恨みを買ってしまい、祭りの夜になぶり殺しにされて、竪琴と亡骸は川に捨てられた、ともいいます。

『オルフェウスの死』

『オルフェウスの死』
“Emile Levy (1826-1890), ‘Death of Orpheus'” by sofi01 is licensed with CC BY-NC 2.0.

オルフェウスの竪琴は川から海へ流れていき、やがて小さな島に打ち上げられました。
風が吹くたびに悲しげに鳴っている竪琴を見た音楽の神アポロンは、息子オルフェウスを哀れに思い、竪琴を夜空に上げて、星座にしたのだといいます。
そして静かな夜には、今も、悲しく、美しい音色を夜空に響かせることがあると伝えられています。

また、オルフェウスが振り返ったことで死者の国に引き戻されてしまったエウリディケ、一説には、彼女はその瞬間、微笑みをうかべていたともいいます。
彼女には、オルフェウスが冥界まで自分を追ってきてくれた、それだけで嬉しいことだったのだ、というんですね・・・

一度も泣いたことのない地獄の王に初めて涙を流させた、オルフェウスの竪琴。その美しい、けれども悲しい音色。

いかがでしょう。そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。

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