ギリシャ神話にはいるか座に関して2つのお話が知られています。
ひとつは海の神ポセイドンの使いとして、その結婚をとりもったイルカのお話。
ポセイドンはあるときアンフィトリーテという美しい女神に心を奪われまして、お后にしようと考えました。
そこで取ったポセイドンのやりかたはちょっとひどいものでして、アンフィトリーテが他の娘達と楽しく踊っているところに近づくと、いきなり、彼女をさらってきてしまうんです。
『ネプチューンとアンフィトリーテ』(ネプチューンはポセイドンのローマ神話名)
The Seconda Macchina for the Chinea of 1741: Neptune and Amphitrite, 1741 by François Hutin, Gift of Vincent Buonanno in Honor of Andrew Robison, public domain via The National Gallery of Art
アンフィトリーテは、そんなポセイドンの強引なやりかたがいやでいやでたまりません。彼女は隙を見てポセイドンの元から逃げ出してしまいます。
ポセイドンは世界中を探し回りましたが、アンフィトリーテの居場所はなかなかわかりませんでした。
ようやく彼女のかくれがを見つけたのが、ポセイドンの使いであるイルカでした。
イルカは、なんとか彼女に戻ってもらうよう説得します。
はじめは二度と戻りたくないと嫌がっていたアンフィトリーテですが、熱心に口説き続けるイルカについに心を開いて、 ポセイドンの妃になることに同意しました。
この功績によって、イルカは天にあげられて、星座となったと言われています。
さて、いるか座にはもうひとつ、実在の人物に関わる、こんな物語が残されています。
古代ギリシアの都市国家コリントスの宮廷音楽家アリオン。
詩人であり、竪琴の名手であり、さらに優れた歌い手でもあった彼は、あのオルフェウスに次ぐとも言われた天才的な音楽家です。
アリオン
Arion: het element water, Crispijn van de Passe (I), 1602, Public domain, via The Rijksmuseum (the national museum of the Netherlands)
ある時アリオンは、シチリア島で開かれた音楽コンクールに参加します。
ギリシャ随一の天才音楽家アリオン、見事優勝を果たしまして、たくさんの賞金を手にしました。
ところがその帰りの船のなかでのこと、アリオンは荒くれ水夫たちに取り囲まれてしまいます。
水夫たちはおろか船長までもが刀を振りかざして、アリオンから賞金を奪った上に、海に飛び込むように命じました。死人に口なし、というわけです。
絶体絶命。もはやこれまでと覚悟を決めたアリオンは、せめて音楽家らしく死にたいと、飛び込む前に一曲歌わせてほしいと申し出ます。
海に飛び込むアリオン
Arion spring overboord op een dolfijn, Gérard Jean Baptiste Scotin (II), naar François Chauveau, 1728, Public domain, via The Rijksmuseum (the national museum of the Netherlands)
船の舳先に立ったアリオンは、竪琴をかき鳴らし、最期の歌を歌いました。
するとどこからともなく、たくさんのイルカが集まってきました。
イルカたちは船をとりまくようにしてアリオンの歌に聞き惚れていました。
やがてアリオンは最期の歌い終えると潔く海に身を投げました。
その時、大きなイルカが彼をふわりと背中に受け止めて、陸地に向かって泳ぎ出したんです。その後を多くのイルカたちが続きました。
こうしてアリオンは無事に岬まで送り届けられ、ふるさとに帰ることができました。
アリオン(「神話のゲーム」より)
Arion, from ‘Game of Mythology’ (Jeu de la Mythologie) by Stefano della Bella, Robert Hartshorne, 1918, Public Domain via The Metropolitan Museum of Art
やがて、遅れて帰ってきた船長と水夫たちは、その悪事が露見して厳しい罰を受け、アリオンの名声はより一層高まったということです。
このときアリオンを助けたイルカが、その功績を讃えられて天に上げられ、星座になったといいます。
このエピソードは古代ギリシアの有名な歴史家ヘロドトスが著した『歴史』という書物に書かれています。
音楽家アリオンは紀元前7世紀ないし6世紀ごろ実在したといわれる人物なんです。
現在では、イルカには独特のコミュニケーション能力があると言われていますよね。
イルカは、仲間とコミュニケーションを取ったり、餌を捕ったりするために「音」を使い分けると言われています。
この、イルカの出す音は「イルカの歌」などとも言われますが、古代ギリシャの人々はそのことを知っていたんだろうか、と思わせてくれるエピソードですね。
先日もいいましたが、秋は夜空がだんだん澄んできて、星を見る条件は良くなっていきます。
いかがでしょう。歌に魅せられて、その音楽家の危機を救ったイルカ。
そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。