では、ぎょしゃ座にまつわる物語です。
この星座には複数の物語がつたえられていまして、いちばん有名なのが、都市国家アテネの伝説的な王さまで「エリクトニウス」というひとの姿だというもの。
エリクトニウスは生まれつき足が不自由で歩くことができませんでした。
一説には、下半身が蛇であったともいいます。
しかし彼は、不自由な足を補ってあまりある知恵を授けられていました。
その知恵を使ってアテネの国王の座についたエリクトニウスは、善政をしいて人々から慕われました。
そして、のちに、先程お話しました2輪の戦車を「発明した」といわれているんです。
ひとたび戦争が起こると、戦車をたくみに操って真っ先に敵陣に突っ込んでいき、勇敢に戦いました。
この功績によって、ゼウスによって空に上げられ、星座になったと伝えられています。
このお話がいちばん有名なんですが、今日は、もうひとつの神話、アテネの西にあったピサという国で、王様に仕える馭者であったミュルティロスという人物の姿であるというお話をご紹介します。
ミュルティロスは伝令の神ヘルメスの息子であると伝えられています。
彼が仕える王様にはたいへん美しい姫がいたんですが、王様はある予言をうけていまして、それは、娘の婿になる人物に殺されるだろう、というものでした。
そこで王様は、姫の結婚相手になりたい者は王の戦車と競争をすること、勝てば姫を与える、ただし、敗れた者は首をはねる、という決まりをつくるんです。
ですが、王様の戦車は軍神アレスに授かった神の戦車。人間の戦車に負けるはずがないんですね。
多くの若者が挑んでは命を落としました。
この王様の戦車の馭者を勤めていたのがミュルティロスなんです。
戦車を走らせるオイノマオス王とミルティロスを描いたレリーフ
Œnomaos et Myrtilos dans un char, bas relief, Metropolitan Museum. Haiduc, Public domain, via Wikimedia Commons
ここへ、ペロプスという青年が登場します。
ペロプスはミュケナイの国の王子で、たいへん美しい青年でした。
美青年ペロプスと姫はたちまち恋に落ちてしまいますが、結婚するためには王様の戦車との競争に勝たなくてはなりません。
ペロプスとヒッポダミア(エトルリアの壷絵の本からの図版)
The Stapleton Collection (French), Public domain, via Wikimedia Commons
そこで、ペロプスはミュルティロスに、自分の味方をしてくれたら、自分が王になったあかつきには領土の半分を与えよう、と約束するんです。
つまり買収ですね。
ミュルティロスはこれを承知しまして、王様の戦車に細工をします。
競走が始まると、王様の戦車は車輪が外れて吹っ飛んでしまい、王様は転げ落ちて、戦車に引きずられて死んでしまうのですが、このとき、王様は自分が裏切られたことに気づいて、ミュルティロスに「ペロプスに殺されてしまえ…」と呪いをかけながら死ぬんです。
競走に勝ったペロプスはミュルティロスと姫を乗せて、ミュケナイの国へ向かいました。
ところが、ペロプスは買収の約束を果たす気はありません。
ミュルティロスを海に突き落として殺してしまうんです。
ミルティルスの死が描かれた骨壺
Etruscan funerary urn from Volterra with the death of Myrtilus, from Volterra, 2nd century BC, National Archaeological Museum of Florence, Italy : Carole Raddato from FRANKFURT, Germany, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
ミュルティロスの父親である伝令の神ヘルメスはこれをいたく悲しみ、我が子の姿を星座にして空にとどめたといわれています。
そしてこのとき、こんどはミュルティロスが、海に飲み込まれながら、ペロプスとその一族に呪いをかけます。
ペロプスはその後勢力を拡大して、自分の領土の名を「ペロプスの島」という意味で「ペロポネーソス」とあらためます。
それで、現在でもここは「ペロポネソス半島」と呼ばれているんですね。
また、彼は、ミュルティロスを殺した罪の償いとして、ヘルメスの神殿を建てたり、オリンピアの戦車競技場にミュルティロスの記念碑を建てたと言われています。
こんなふうにペロプス自身は、罪の清めを受け、名誉も得たんですが、彼の子孫たちは悲惨な運命をたどる者が続出して、そのため「呪われた一族」といわれるようになっていくんです。
呪いの連鎖、という、ちょっとやり切れないお話ではあります。
それからもうひとつ。星座絵になっているおじいさんが抱いているヤギ。
このヤギについては、また別の神話が伝えられていまして、それによると、これはゼウスを育てたヤギだと言われています。
ゼウスの兄弟たちは、生まれてすぐに父親に飲み込まれてしまったんですが、ゼウスだけは、母親の機転で難を逃れ、隠れて育てられました。
この時、彼を育てた乳母をアマルテイアといいますが、マルテイアはヤギの姿をしていたともいわれまして、その姿が星座になったというんです。
…ただ、このおじいさんとの関係がちょっとわからないんですが(汗)
ま、いずれにしましても。
手綱を持った馭者があやつる戦車に見たてるもよし。
子ヤギを抱いたおじいさんを思い浮かべるもよし。
こんなふうに自由に発想することこそ、星空に絵を描いて物語を託すという、星座というものの原点なのかもしれませんね。
いかがでしょう。そんなことを思いながら、晴れた夜には、星を見上げてみませんか。