さて、かに座にまつわる物語です。
この星空に浮かぶカニは、ギリシャ神話第一の英雄、ヘラクレスの物語に登場します。
ヘラクレスの物語をざっとおさらいすると、ヘラクレスは、ゼウスと人間の女性との間に産まれた子供でした。
このヘラクレスをひどく憎んでいたのが、ゼウスの正妻である女神ヘラ。
まあ旦那の浮気相手の子どもということですからね、当然といえば当然ですが。
ヘラクレスはヘラのかけた呪いによってある日突然錯乱を起こして、最愛の妻と子を自らの手で殺してしまうんです。
その罪滅ぼしのため、ヘラクレスは、ミュケナイの王さまに仕えて、その命令にしたがって、12の危険な冒険に挑むことになります。これがヘラクレスの物語です。
12のうちうち2番目の冒険に登場するのが、かに座になった蟹の怪物。
…なんですが、じつはこのカニさん、物語のなかでは、メインキャラクターではないんです。
この2番目の冒険、メインのエピソードは怪物ヒドラ退治。ヒドラとは沼地に住む蛇の怪物です。
九つの首をもっていてそれぞれから激しい毒気を吐き、しかも、首を切り落としても、その傷口から新しい首が生えてくるという難敵でした。
この怪物ヒドラは、やはり春の星座であるうみへび座になっています。
うみへび座については上記リンク先の記事でご紹介していますから、ヘラクレスとヒドラの戦いの模様、詳しくはそちらにゆずるとして、この戦いのまっただなかに突然あらわれたのが、カニの怪物カルキノス。
このカニの怪物は、ヘラクレスを憎む女神ヘラがヒドラの援軍として送りこんだともいわれますし、また別の説では、カルキノスは同じ沼地にすむヒドラの仲間で、普段から食べ物を分けてもらったりしてして世話になっていたので、ヒドラのピンチを救うため、自ら沼の中から飛び出してきたともいいます。
自慢のはさみを振り上げて、果敢にもヘラクレスの足を挟んで切ってしまおうというカルキノス。
ここまではよかったんですが、ヘラクレスはこの攻撃にまったくひるまず、いともあっさりカルキノスを踏みつぶしてしまいました。
また一説には、ヒドラとの戦いに集中していたヘラクレスは、挑んできたカルキノスに全く気付かないままに踏みつぶしてしまった、ともいいます。
いずれにしても、せっかく勇んで援軍にやってきたのに、なすすべもなくあっという間に踏み潰されてしまったカニさん。ちょっとかわいそうなんです。
ヘラクレスのヒュドラ退治(ヘラクレスの足元に蟹が!)
“Hercules Killing the Lernean Hydra” 1565 by Cornelis Cort, Public domain, via Wikimedia Commons
ちなみに、星座に関する本やネットを見ていると、このカニさん、名前すら出てこないことが多いんです。
このコーナーでは「カルキノス」という名前でご紹介していますが、この「カルキノス」という単語も、単に「蟹」を意味する言葉にすぎず、この怪物固有の名前ではないのだ、という説もありまして。
ほんと、かわいそうな扱いなんです。
その後、カルキノスは、女神ヘラに、ヘラクレスと戦った功績を讃えられ、天に上げられて星座になりました。
じっさいにはいいとこなし、ヘラクレスを苦しめることさえできなかったカルキノスですが、仲間を助けようという思いと、危険を顧みず飛び出していった勇気ある行動、これがヘラに認められて天にあげられたのだ、とも言います。
カルキノスの甲羅をいろどるのが、前半にお話ししたプレセペ星団です。
これは甲羅の模様なのかも知れませんね。
活躍するいとまもなく倒されてしまったかわいそうなカニさんですが、その甲羅には、まるで宝石箱のような美しい模様があるんです。
その宝石とは、きっと、仲間を思う心と勇気、なんでしょうね。
いかがでしょう。
そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。