さて、おとめ座にまつわる神話です。
この、背中に翼のある女神。
これが誰なのかについてはさまざまな説があってはっきりしないんですが、最も有名なのが、豊穣の女神デーメーテールの娘ペルセポネーであるとする説です。
ペルセポネの像
Archaeological Museum in Herakleion. Statue of Isis-Persephone holding a sistrum. Temple of the Egyptian gods, Gortyn. Roman period ( 180-190 A.C.) Wolfgang Sauber, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
デーメーテールはゼウスのお姉さんにあたる女神です。
豊穣の神であり、穀物の栽培を人間に教えた神とされます。
大地から生まれるものすべてを支配する母なる女神なんです。
そのデーメーテールにはゼウスとの間の子でペルセポネーという美しい娘があり、大変可愛がっていました。
ところが、ある日のこと。
ペルセポネーが野原で花を摘んでいると、地面がとつぜん裂けて、地底から冥界の王ハデスが真っ黒な馬車に乗ってあらわれて、彼女を地底にさらっていってしまうんです。
ハデスはゼウスのお兄さんでデーメーテールの弟にあたります。
じつは、ハデスはずいぶん以前にペルセポネーを見かけて一目惚れして、それ以来彼女に恋焦がれていたんです。
そしてハデスは、この事件の少し前、ゼウスのもとへ求婚の許可を貰いに行ってるんです。
その時、ゼウスは母親であるデーメーテールに話もしないで結婚を許可した上に、恋愛にあまり慣れていないハデスに「女性は強引な男に惚れるものだ」なんて、煽るようなことを言うんですね。
ハデスはこのゼウスの言葉をすっかり真に受けて、ペルセポネーを強引にさらっていったというわけなんです。
事情を知ったデーメーテールはとうぜん怒りまして、ゼウスのもとに抗議に訪れます。
ところが、ゼウスは『ハデスなら夫として不釣合いではないだろう』なんて言いのがれをするばかりで、取り上げようとしません。
このあたり、自分が焚き付けた、という後ろめたさもあったでしょうし、それから、じつはゼウスたち兄弟の長男なんです、ハデスって。
なのに死者の王という、いわば貧乏くじをひいて地底でくらしているハデスにたいしてちょっと負い目があったのかもしれません。
『ゼウスに抗議するデーメーテール』アントワーヌ=フランソワ・カレ(1777年)
Antoine-François Callet, Public domain, via Wikimedia Commons
ともあれ、ゼウスにまるで取り合ってもらえないデーメーテールは激怒のあまり、天上界を捨てて下界に下りてしまいます。
豊穣の女神が仕事を放棄してしまったものですから、大地は荒れ果ててしまいます。
困ったゼウスは彼女を説得しますが、「ペルセポネーを帰してくれなければ戻らない」と突っぱねるばかり。
ゼウスはしかたなく、ハデスにペルセポネーを帰すように命じることにしました。
さて一方、地底の死者の国です。
ハデスというひとは、青ざめた陰気な顔をした、粗野な性格の持ち主でしたが、ペルセポネーに対しては親切に接していて、いろいろな贈り物をするなど、一生懸命でした。
ですが、ペルセポネーは地上を恋しがって泣くばかり。
恋愛に慣れていないハデスにはそれ以上強引な行動に出ることができませんでした。
ハーデースの傍らに座しているペルセポネー
Publisher: Eduard Trewendt, Atelier für Holzschnittkunst von August Gaber in Dresden, Public domain, via Wikimedia Commons
そこへゼウスから、ペルセポネーを地上に帰すようにという命令が届きます。
弟とはいえ神々の王の命令ですからハデスは承知しましたが、帰る前にこれを食べていきなさい、とペルセポネーにざくろの実を与えます。
じつは、いちど死者の国の食べ物を口にしたものは二度と地上に戻れない、という掟があったんです。
そうとは知らないペルセポネー、そのざくろの実を4粒食べてしまいます。
ペルセポネーが母のもとに帰ると、デーメテールはおおいに喜びました。
おかげで大地はみるみる緑におおわれ、草木は伸びはじめました。
けれども、ペルセポネーが地底のざくろの実を食べてしまったことを知ると、デーメーテールは再び悲しみのどん底に突き落とされ、ゼウスに助けを求めます。
ですが、いかなゼウスとはいえ、掟をくつがえすことはできません。
とはいえ、必死に救いを求めるデーメテールの姿に打たれたゼウスは、こんな裁定をくだしました。
「ペルセポネーは冥界のざくろの実を4粒食べてしまったのだから、一年のうち4ヶ月は地底でくらすように、残りの8か月は地上の母のもとへ帰るがよい」
その後、ペルセポネーがハデスのもとで暮らしている間は、デーメーテールの悲しみのため、地上の草花は枯れ果ててしまうようになりました。
そうして4ヶ月が過ぎて、ペルセポネーが地上に帰ると、植物は一斉に芽吹きました。
こうして「春」という季節が生まれたのだと伝えられています。
フレデリック・レイトン『ペルセポネーの帰還』(1891年)
Frederic Leighton, 1st Baron Leighton, Public domain, via Wikimedia Commons
おとめ座が南の空で目につくようになるのは、春。
まさしく、春を呼ぶ星座なんですね。
このお話で、いい味だしているなあと思うのが、一見悪役に見える冥界の王ハデスなんです。
顔色の悪さや陰気な性格は、日のあたらない地底での孤独なくらしのため。
じつは真面目で不器用な性格なんです。
ギリシャ神話の神々はゼウスを筆頭に浮気者が多いんですが、ハデスは滅多にそういうことをしなかったようでもあります。
その心根にほだされてか、この物語ののち、ペルセポネーは次第にハデスを受け入れるようになり、やがて、冥界の女王として常にハデスのそばにいるようになった、と伝えられているんです。
ペルセポネとハーデースとケルベロス;大理石のレリーフ
Persephone, Hades and three-headed dog Cerberus; marble relief (from Meyers Lexikon, 1896, 13/683)
いかがでしょう、そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。