いて座〜探し方とケンタウロスの賢者ケイロン

では、いて座の物語です。

いて座は、たいへん歴史の古い星座で、古代メソポタミアの、シュメール文明に起源を持つといわれています。
たとえば紀元前1300年ごろの石に刻まれた絵では、この星座、弓矢を構えた人間とさそりが合体して、さらに羽根を生やしているという「怪人さそり男」みたいな姿で描かれているんだそうですよ。

時代が下ってギリシャ神話の世界では、前半お話したように、上半身が人間で下半身が馬という姿のケンタウロス族、その中でも、たぐいまれな賢者、ケイロンの姿であるとされるようになりました。

『ケイロン(エッチング)』

『ケイロン(エッチング)』
“Chiron. Etching” Wellcome Collection. Public Domain Mark

ケンタウロス族は、粗野な乱暴者が多くて、どちらかというと嫌われ者だったりする一族です。
ですが、なかには同じ姿でありながら血筋がちがうものもおり、そうしたケンタウロスには知的な人格者が多いんです。
このケイロンも、そうした例外的なケンタウロスでした。

ケイロンの父親は、神々の王ゼウスの父であるクロノスとされています。
つまりケイロンは、古き神々の血をひくケンタウロスだったんです。

ケイロンは成長するにあたって、太陽の神アポロンと、その妹、月の女神アルテミスに教育を受けます。
アポロンは音楽、医術、予言などを司る神でもあり、アルテミスは狩猟の女神でもありました。
この二人の教えをうけたケイロンは、文武両道、さまざまな分野に精通し、かつ、礼儀正しく賢明で、慈愛ぶかい人格者に成長していきます。

やがてケイロン自身も教育者になります。山の洞穴に住んで、ギリシャの若者たちを教え導いていくようになります。
そして、ギリシャ神話に登場する数々の英雄たちの中には、このケイロンから教えをうけた人たちがたくさんいるんです。

たとえば、星座になっている英雄では、勇者ヘラクレス。
それから、へびつかい座になっている名医アスクレピオス。
この二人は夏の星座として、恩師ケイロンのすぐそばに今でもいるんですよ。

冬の星座、ふたご座になったカストルとポルックスもそうです。

また、星座にはなっていませんが、英雄アキレスや、アルゴー船隊の隊長イアーソン。
ケイロンはこうした有名な英雄たちを育てた、優れた教育者だったんです。

『ケイロンによるアキレスの教育』

『ケイロンによるアキレスの教育』
Educatie van Achilles door Chiron de centaur, Giovanni Cesare Testa, naar Pietro Testa, 1637 – 1691, Bruikleen van de Rijksakademie van Beeldende Kunsten, Public domain, via The Rijksmuseum (the national museum of the Netherlands)

さて、実はこの先お話するエピソードは本来のギリシャ神話には登場しない話で、のちに付け加えられたものらしいんですが、とても印象的な物語ですので、ご紹介します。

優れた人格者・教育者として、神々からも人間からも尊敬をあつめたケイロンでしたが、彼の愛弟子であるヘラクレスが、その死を導く発端となってしまうんです。

ヘラクレスは12の危険な冒険を果たした英雄ですが、その4番目の冒険に向かう途中、旅先で招かれた宴会の席でヘラクレスは数人のケンタウロスとトラブルを起こしてしまいます。

はじめのうちは単なる口論だったトラブルは、やがて激しい戦いに変わっていきます。
ヘラクレスの怪力と強力な武器に恐れをなしたケンタウロスたちは、ケイロンの住む洞穴へ逃げ込もうとします。
そこへヘラクレスが放った一本の矢が、運悪く狙いをそれて、ケイロンの膝に命中してしまいます。

ヘラクレスの矢には恐ろしいヒドラの毒が塗られていました。
驚いたヘラクレス、すぐさま矢を引き抜いて、ケイロン自身が調合した塗り薬で傷を治そうとするんですが、毒はあっという間にケイロンの全身に回ってしまいました。

もがき苦しむケイロンでしたが、神々の血をひいて不死身だった彼は死ぬことはありませんでした。
しかしこれは「死ぬことができない」と言い換えたほうがいいかもしれません。
いくら治療しても消えることのないヒドラの猛毒は、死ぬことがないケイロンに堪え難い苦痛を与え続けることになったのです。

『瀕死のケイロン』

『瀕死のケイロン』
“ANETSBERGER, Hans. Sterbender-Kentaur (Chiron), Jugend magazine, 1898.” by Halloween HJB is marked under CC0 1.0.

ついにケイロンは、永遠の苦しみからの開放を願うようになります。
彼はゼウスに自らの死を願い出ました。
彼の苦しみを見かねていたゼウスは、その願いを受け入れ、ケイロンに安らかな死を与えたといいます。

その後ゼウスは賢者ケイロンの死を惜しんで彼を夜空にあげて星座に加えました。
それがいて座なのだといわれています。

この、不老不死であるがゆえに苦しむ、というモチーフは、この物語に限らず、ギリシャ神話の他のエピソードにもあらわれてきます。
そもそもヘラクレスの最期もまた、おなじように不老不死の苦しみからのがれるため、みずからの身を炎で焼いた、とされています。
古代の人々は神話を通して、命は限りあるからこそ美しく輝くのだ、ということを伝えているのかもしれませんね。

苦しみから開放されて、星座になったケイロン。
空の上ではちょうどさそり座を狙っているような位置で矢をつがえています。
どこか平和に無邪気に楽しんでいるようにも見えるんですよ。

『いて座、みなみのかんむり座、おおかみ座、さいだん座、じょうぎ座、ぼうえんきょう座』

『いて座、みなみのかんむり座、おおかみ座、さいだん座、じょうぎ座、ぼうえんきょう座』
Science, Industry and Business Library: General Collection , The New York Public Library. “Scorpius, Sagittarius, Corona Australis, Lupus, Ara, Norma et Regula, Tubus Astronomicus.” The New York Public Library Digital Collections. 1801.

いかがでしょう。
そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。

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