霞か雲か 〜 桜にまつわる言葉で春を味わう

新年度を迎えてなにかと慌ただしい時ですが、いまだコロナ禍まっただなかの今年の春。
どんなふうに過ごそうかと思案されているかたも多いことでしょうね。

なにはともあれ、何度も言われているように「3つの密」、
すなわち『換気の悪い密閉空間』『多くの人が密集』『近距離での密接した会話』を避ける、
これを大原則にして行動したいところです。

春らしさを感じるのもその原則に沿ってありたいですね、ということで、
「言葉で春を味わう」なんて、いかがでしょうか。

たとえば「桜にまつわる言葉」。

桜を表現する言葉はじつに豊富で、日本人はほんとうに桜が好きなんだなあと思います。
たとえばこんな表現はいかがでしょう。「霞か雲か」。

この「霞か雲か」は、ドイツ民謡に日本語の歌詞をのせて明治16年に発表された唱歌のタイトルで、発表された当時の歌い出しのフレーズは「かすみか雲か はた雪か」といいました。

これで桜の景色を表現しているんですね。
「かすみか雲か」という部分が満開の桜の様子を思い起こさせてくれたところに「はた雪か」とつづくことで、まだまだ寒さがぶり返すこともある今ごろの季節感も感じることができる、いい表現だと思います。

文語体で全体がちょっと硬いこともあってか、戦後になって新たな歌詞がつけられて、今の歌い出しは「かすみか雲か ほのぼのと」に変わっています。

こちらはこちらで、全体にふんわりほっこりした暖かみがあって、ああ春だなあっていう気分にさせてくれる歌詞になっていますよ。
興味をお持ちのかた、ネットなどですぐ見つかりますから、比べてみてはいかがでしょうか。

最初に出てくる「かすみ」ということば、これがそもそも春っぽいんですよね。

じつは気象学の分野には「かすみ」という用語はないんだそうで「きり」もしくは「もや」というんです。
春に「きり」や「もや」などによって、景色がぼんやりかすんで見える様子を「かすみ」という、これは春限定の、かつ多分に文学的な表現なんです。

ちなみに、仙人はかすみを食って生きている、なんていいますよね。
仙人が暮らす場所を「仙境」といいますが、五色のかすみたなびくその場所は、きっと一年じゅう春のような常春の地なんでしょうねえ。
また、そこにいけば俗世間をはなれて仙人同様になれるという「桃源郷」も春のイメージです。

「かすみ」にはもうひとつ面白い特徴があって、これは昼間の景色にしか使われないんです。

霧の場合は夜になると「夜霧」といいますが、かすみは夜になると「おぼろ」という言葉に変わります。
「おぼろ」とは、ぼんやりしている、とか、はっきりしない、といった意味の言葉で「おぼろげな記憶」なんていうふうにも使いますが、暖かくなってきたころの夜の、もやっとぼんやりした様子にもぴったりな表現です。

ということは「おぼろ月夜」という言葉も春限定なんです。

夜空に浮かぶ、おぼろな月。
日中の白っぽくかすんだ青空をバックにした桜の様子と合わせて、思い浮かべるだけでも、ああ春だ、ってなりますよね。

思うようにお出かけしにくい今年の春ですが、こんなふうに、言葉が生み出すイメージのちからをあらためて味わってみるのも、過ごしかたのひとつかもしれませんよ。

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