夜空に放たれた一本の小さな矢「や座」〜エロースとプシュケーの物語

さて、愛の神エロースにまつわる物語です。

とある国に3人の美しい王女がいました。中でも末の姫君、プシュケーは3姉妹の中でもずばぬけて美しく、まるで女神のようでした。

その評判は国々に広まり「プシュケーの美しさはアフロディーテをも凌ぐ」という評判がたつほどでした。
ところが、これに怒ったのが当のアフロディーテ。美と愛の女神をないがしろにするとは何事だ、というわけです。

アフロディーテは息子のエロースに、その矢を使って、プシュケーがこの世で一番醜い者や、恐ろしい化け物を命賭けで愛するようにしてしまえ、と言いつけます。

元来いたずら好きのエロース、その言いつけをかえって面白がって、いさんでプシュケーのもとへむかいました。

彼女の寝室に忍び込んだエロースでしたが、プシュケーの寝顔のあまりの美しさにおもわず見とれてしまいます。
そして、つい手元を誤って、黄金の矢の先で自分を刺してしまったんです。
その瞬間、かれは恋に落ちました。

『キューピッドとプシュケー』

『キューピッドとプシュケー』
Cupid and Psyche, William Etty, Public domain, via Wikimedia Commons

恋に落ちたエロースはプシュケーを自分の妻にしたいと思いましたが、例のアフロディーテの言いつけもありますからそう簡単にはいきません。

一計を案じたエロースは、まず、太陽の神アポロンに頼んで、プシュケーの父親である王さまに「偽のお告げ」を与えるんです。
それは「王国の平和を守りたくばプシュケーを怪物の人身御供にせよ」というものでした。

王の一家は悲しみに打ちひがれましたが、いたしかたなく、プシュケーは山の頂きに運ばれて怪物がやってくるのを待ちます。
つぎに、エロースは西風の神ゼピュロスに頼んで彼女を持ち上げ、用意しておいた谷間の宮殿へ運んでもらいます。

相手が何者かまったくわからないまま、プシュケーはそこで暮らすことになりました。

夜ごと、エロースはプシュケーの元を訪れます。
ですが、その逢瀬はつねに暗闇の中。
エロースは姿をみせることは決してありませんでした。
そしてエロースは、決して自分の顔を見ないようにとプシュケーに約束させます。
なぜなら、この当時、神が人間と結婚するためにはその姿が相手の目に見えないようにしなくてはならない、という掟があったからなんです。

エロースは彼女にとてもやさしく接しました。
プシュケーは、その姿の見えない夫が、決して、怪物でも悪者でもないのだと確信するようになりました。

不思議な生活ではありましたが、プシュケーはおだやかに幸せに暮らしていました。

そんなある日、彼女のもとを二人のお姉さんが訪ねてきます。
怪物にさらわれたとばかり思っていた妹が無事であったことに喜んだ二人でしたが、プシュケーが何不自由ない暮らしをしていると知って、嫉妬心にかられます。

夜にしか現れない決して顔を見せない夫、それは化け物ににちがいない、と、彼女を不安におとしいれて、猜疑心をふきこんでしまうんです。

お姉さんたちにそそのかされたプシュケーは、その夜、エロースがぐっすり眠ったころを見計らい、ランプでその顔を照らしました。

『キューピッドとプシュケ』

『キューピッドとプシュケ』
“Cupid and Psyche” Jean François de Troy, Public domain, via Wikimedia Commons

もちろん、そこにいたのは化け物などではなく、美しい青年の姿でした。

約束を破られたことを知ったエロースは、ひどく悲しみ、彼女の元を去っていきます。

プシュケーは、はげしい後悔の念にかられました。
そして、あらためて、その愛の深さに気づきました。

彼女は、エロースの母であるアフロディーテに、エロースと一緒になることを許してもらおうと決意します。
大変な苦労のすえ、プシュケーはアフロディーテの宮殿にたどり着きます。

しかし、もともと彼女を快く思っていなかったアフロディーテ、簡単にはゆるしてくれません。
アフロディーテはプシュケーにたいして、いくつもの過酷な命令をあたえます。

命令に一途に挑もうとするプシュケーの姿に、当のエロースはじめ、ほかの神々も救いの手を差し伸べて、とうとう彼女はその試練を成し遂げます。

ここで見かねたゼウスが仲介にはいり、プシュケーはようやくアフロディーテの許しを得ます。
ゼウスは同時に、彼女が神々の列に加わることを認めました。

こうして、晴れてエロースとプシュケーはいっしょに暮らすことができるようになったんです。

『キューピッドとプシュケの結婚』

『キューピッドとプシュケの結婚』
“The Marriage of Cupid and Psyche”, Andrea Schiavone 1540, Purchase, Gift of Mary V. T. Eberstadt, by exchange, 1972, Public Domain via The Metropolitan Museum of Art

やがて二人の間には、ヘードネーという名前の愛らしい女の子が産まれました。

ロースは、愛の神でしたね。
ですからエロース(Eros)という言葉には「愛」という意味があります。
そしてプシュケー(Psyche)は英語読みするとサイキ。
これは「心」という意味で、たとえばサイコロジー(Psychology)といえば心理学という意味です。

そして、二人の間の子ども、ヘードネ(Hēdonē)とは、古代ギリシア語で「喜び」という意味。
つまり「愛」と「心」がひとつになって「喜び」がうまれる、という物語なんです。

天の川をバックに夜空を飛ぶ一本の小さな矢。エロースの愛の矢。いかがでしょう。そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。

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