さて、すばる。プレアデス星団にまつわる物語です。
非常に古くから親しまれてきた天体ですから、世界各地のほとんどの民族になにかしら神話や伝説があるんだそうです。
ギリシャ神話では、7人の姉妹たちであるとされています。
英語でセブン・シスターズというのはこれがもとになっているんですが、この姉妹は、天をささえる巨人アトラスの娘であるとされていて、月と狩りの女神アルテミスに仕えていたといいます。
いずれ劣らぬ美貌の姉妹たちは、男性たちの垂涎の的でした。
たとえば長女のマイアとゼウスとの間に生まれたのが、伝令の神ヘルメス。
また他の姉妹たちもそれぞれゼウスやポセイドン、軍神アレスなどといった神々との間に子どもをもうけましたが、ただ1人、末の妹メローペだけは神ではなく、シシュポスという人間の男性の妻となります。
このシシュポスという人は、別の物語で、神々を怒らせてしまい、罰として、巨大な岩を山の頂まで上げるという罰をあたえられるんです。
この岩は、あと少しで山頂に届くというところまでいくと、谷底まで転がり落ちてしまう、これが果てしなく繰り返される、という「シシュポスの岩」のエピソードで有名な人物です。
さてそんな彼女たちが空できらめく星になったエピソード。
それは、さきほど目印に使ったオリオンが、悪役で登場する物語です。
ある日のこと、プレアデス姉妹たちはそろって森の中で遊んでいました、そこへ通りがかったのが狩人のオリオン。
じつはオリオンというのは、これはまたオリオン座の回に改めてお話ししますが、たいへんな女好きだったんです。
彼女たちをひと目で気にいったオリオン、強引に誘おうとするのですが、乱暴者のオリオンを嫌っていた姉妹たちは一目散に逃げ出します。
それをしつこく追いかけ回すオリオン。姉妹たちはいっしょうけんめい森の中を逃げまわりますが、どんなに逃げても、オリオンにはかないません。
とうとう追いつかれそうになったとき、彼女たちは突然、美しい真っ白な鳩になって空に飛び立ちました。
一部始終をみていた女神アルテミスが、姉妹たちを鳩に変えて逃がしてやったのです。
鳩になったプレアデス姉妹たちは、空高く飛んでいき、そしてそのまま星になってしまったのだといいます。
こんなふうに空に逃げたプレアデス姉妹ですが、でも、オリオンも星座になっていますよね。
オリオンが星座になったいきさつについては複数の説がありますが、そのなかには、このとき姉妹たちを諦めきれずに空へ駆け上がったのだ、という話もあるんです。
すばるがあるおうし座はオリオン座の隣です。
しかも、オリオン座はおうし座のあとをついていくように夜空を移動していきます。
かわいそうに、姉妹たちはいまだに、オリオンに追いかけられ続けているんです。
オリオン(「”L’Eridan, Orion et Le Lievre」より)
“L’Eridan, Orion et Le Lievre(Eridanus Orion and Lepus)” by John Flamsteed, Public domain, via Wikimedia Commons
この配置をしたのはゼウスだとされているんですが、もう少し置き場所を考えてやればよいものを、よりにもよって隣とは……
これをゼウスの悪戯心と見るか、それとも無神経さと見るか…
いや、これはむしろ、これ以上オリオンがプレアデスに近づくことができないように固定したのだ、という見方もありまして、このへんはと悩ましいところです。
ところで、プレアデスは七人姉妹ですが、日本では昔、六つの連なる星と書く「六連星」(むつらぼし)という呼び方があったくらいで、条件のいい空でふつう肉眼でよく見えるのは六つの星です。
不思議なことに、昔は七つの星があったのに一つが見えなくなった、という伝説が世界のあちこちに伝えられているんだそうです。
ギリシャ神話にもふた通りの話が伝わっていまして、ひとつは、次女のエレクトラがいなくなったという説。
エレクトラは、ゼウスとの間にダルダノスという息子をもうけました。
ダルダノスはトロイア戦争で有名なトロイアという都市を建設した人物ですが、トロイアはやがて戦争で滅ぼされてしまいます。
そのときエレクトラは悲しみのあまり、ほうき星になってどこかへ姿を隠してしまったのだといいます。
もうひとつは、見えなくなったのは末の妹、メローペだという説。
人間の男性と結婚し、しかもその夫は神の怒りを買って永遠の罰をうけることになってしまった。
そのため、星々のなかから身を引いて隠れてしまったのだ、ともいいます。
いずれの説しても、それ以来、残された6人は消えたひとりを思って夜ごと涙にくれているのだそうです。
すばるがにじんで見えるのは、彼女たちの涙でうるんでいるからだ、というんですね…
「失われたプレアデス」
“The Lost Pleiade” by Randolph Rogers, Gift of Mrs. E. S. Stickney, Public Domain via The Metropolitan Museum of Art
はるか古代から、天に輝く宝石として愛されてきた、プレアデス星団、すばる。
冒頭にお話ししたように、見つけるのはわりと簡単なんですが、このにじんだような感じまでは、空の条件がよくないとわからないのがちょっと残念ではあります。
(双眼鏡…オペラグラスでもいいです…を試してみていただけると、もしかしたら見えるかも)
宝石のような美しいきらめきをつつむ涙。
そんなことを思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。