やぎ座〜探し方と不思議な「海ヤギ」、牧神パーンの神話

さて、やぎ座にまつわる物語です。

ギリシャ神話では、この下半身が魚になった山羊は、羊飼いと羊の群れの守り神。「牧神」とも呼ばれるパーンの姿であると言われています。

パーンは、山羊のような角に、尖った耳、そして腰から下は山羊そのもので、毛むくじゃらの足にはひづめ、顔つきは荒々しくて髭だらけ、という不思議な姿をした神様です。

『パーン』
Pan, Salvator Rosa (verworpen toeschrijving), anoniem, naar Salvator Rosa, na 1660, Public domain, via The Rijksmuseum (the national museum of the Netherlands)

ちょっと恐ろしげな姿ではあるんですが、とても陽気で愛嬌があって、いたずら好きで遊び好き。
いつも身軽に野山を駆けまわっていて、踊りや音楽が大好き、とくに、笛を吹くのが得意な神様です。

パーンにはこんなエピソードがあります。

ある時パーンは、山を降りてきたシュリンクスという妖精にばったり出会い、その愛らしい姿に一目ぼれしてしまいます。
ですがパーンの荒々しいひげ面を見たシュリンクスはビックリして逃げ出してしまいます。

『シュリンクスを覗き見するパーン』
Pan bespiedt de nimf Syrinx, Aegidius Sadeler, 1580 – 1629, Public domain, via The Rijksmuseum (the national museum of the Netherlands)

必死で逃げるシュリンクスを追いかけるパーン。
2人は追いつ追われつして、川のほとりにさしかかりました。

追い詰められたシュリンクスは、川の神に祈りを捧げて助けを求めます。
パーンはとうとうシュリンクスに追いついて、力一杯抱き締めました。

と思った瞬間、かれが抱き締めたものはシュリンクスではなく、川の岸辺に生えていた葦の束でした。
川の神がシュリンクスの願いを聞き入れて、その姿を葦に変えてしまったのです。

『パーンとシュリンクス』
Georg Andreas Wolfgang the Elder “Pan and Syrinx”, 1665, Ailsa Mellon Bruce Fund Public Domain via the National Gallery of Art

まわりを見回してもシュリンクスの姿はもう見えません。
パーンは、葦の束を抱えたまま呆然としていていました。

すると、どこからか風が吹いてきて、パーンの抱えていた葦の茎を通り抜けると、不思議な音が流れ出しました。

音楽好きなパーンは、葦の茎を少しずつ長さが違うように切りそろえて、音階になるように並べて束ねてみました。すると美しい音色をかなでる楽器ができました。

パーンは、その楽器に「シュリンクス」という名前を付けて、心を込めて吹いたということです。

『パーン』
“Sweet, piercing sweet was the music of Pan’s pipe” reads the caption on this depiction of Pan, by Walter Crane, Public domain, via Wikimedia Commons

この時パーンの作った楽器は、この後、パーンの笛、すなわち「パンフルート」もしくは「パンパイプ」と呼ばれて、現在でもその姿を見ることができるんです。

さて、では、やぎ座のもとになったエピソード、それはこんなお話です。

あるときナイル川のほとりで神々が一斉に集まって、宴会を開いていました。
こういう場が大好きなパーン、もちろん参加していまして、シュリンクスや角笛を吹き鳴らしたり、踊ったりして、その場を大いに盛り上げます。

ところがそのとき、巨大な怪物が宴会場に乱入してきたのです。
その怪物はテュフォーンといって、かつてゼウスに逆らった古き神々の生き残りで、恐ろしい力を持つ怪物です。
この名が、「チフス」や「タイフーン」という言葉の語源になったという説もあるくらいで、神々でさえも恐れる存在だったんです。

『テュフォーン』
Typhon, from Athanasius Kircher, Oedipus Aegyptiacus, 1652, Public domain, via Wikimedia Commons

テュフォーンに襲われた宴会場は大混乱におちいります。
神々は我先に逃げ出して、思い思いの姿に変身してナイル川へ飛び込みました。

もちろんパーンも、一目散に駆け出しまして、ナイルに飛び込みます。
ところが、あまりにも慌てたため、変身が中途半端になってしまい、水に浸ったところだけが魚になって、水面から上は山羊、という姿になってしまったんです。
それでも本人は魚に変身したつもりで必死に泳いで逃げたといいます。

海ヤギ
“sea goat” by Spirit-Fire is licensed under CC BY 2.0

 

そんなパーンを見て大いに笑ったゼウスは、その姿を星座として残すことにしたのだと伝えられています。

ちなみに、突発的な不安や恐怖によって混乱した心理状態、および、それに伴う行動を「パニック」といいます。
この「パニック」という言葉は、パーンのような、という意味で、このエピソードがモトになっていると言われています。

それにしても、一目惚れした妖精には嫌われて逃げ出されたり、変身に失敗した姿を永遠に空にさらすことになってしまったりと、パーンくん、ちょっとかわいそうな気もしますね。

なので、ちょっとかっこいいお話も付け加えておくと、このウミヤギの姿、魚は海の底まで、そして山羊は高山動物ですから山の上まで、つまり海底から山の頂きまで、世界のあらゆるところにいくことができる、というので、「全て」「あまねく」を意味する接頭辞「Pan」(たとえばパンアメリカン、パンパシフィックなど)のもとになった、ともいわれているそうです。

山羊の角と足をもつ、牧場の神パーン。
陽気でいたずら好きで、音楽や踊りが得意なのは、もしかしたら、本当は淋しがりやで、人の気をひきたかったから、なのかもしれない、そんなふうに思ったりもします。

いかがでしょう、そんなパーンのエピソードを思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。

タイトルとURLをコピーしました