さて、からす座にまつわる物語です。
このカラスはギリシャ神話に登場する神、アポロンのしもべでした。
アポロンは、ゼウスの息子で、月と狩りの女神アルテミスの双子のお兄さんです。
そのアポロンに仕えていたカラス。
この当時、カラスという鳥は雪のように白い羽を持ち、自由にものを言ったといいます。
アポロンのカラスは、なかでもたいそう賢いカラスでしたが、いかんせん、口が軽く、ほら吹き、嘘つきという欠点もあわせ持っていました。
ある時、アポロンは、コロニスという美しい乙女と恋に落ちて、地上で数年間をすごし、男の子を一人もうけました。
やがて、アポロンに、天上界に戻らなくてはならない時がきました。
ですが人間の女性であるコロニスは天上界で暮らす事ができません。
そこでアポロンは、カラスに、二人の間の「伝令係」としての役を与えました。
カラスは来る日も来る日も二人の間を往復して、アポロンにはコロニスと子供の様子を、そしてコロニスにはアポロンの様子を伝えました。
ですから、離れていても、カラスのおかげで二人は互いの様子を知ることができていたんです。
ところが、そんなある日のこと。
カラスは、コロニスのもとを訪れてからアポロンのもとへ戻る途中、道端でおいしそうな木の実を見つけて夢中になってしまい、すっかり道草を食ってしまいます。
そのため、戻るのがずいぶん遅くなってしまいました。
遅くなった理由をアポロンに問いつめられたカラスは、苦し紛れに口からでまかせを言ってごまかすんです。
「あの、コー、コー、コー」
「どうした、何事だ。もしやコロニスになにかあったのか、はやく話せ!」
「あの実は、コー、コローニス様が浮気をしているのを見つけて、それであの、どうしようかと思っているうちに遅くなってしまって…」
と、こんなことを言うんですね。
これを聞いたアポロン。本来は人間の知的活動全般の守護神であり、理性や合理性・客観性に富んだ神なんですが、この時ばかりはどうしたことか、カラスの嘘をすっかり信じ込んでしまうんです。
アポロンは銀の弓矢を掴むと、急いで地上に降りていきます。そして、コローニスの屋敷から出てきた人影をみつけると、その浮気相手が出てきたと思いこんで、すぐさま矢を放ちました。
ところが、近寄ってみると、アポロンが射抜いた人影、それは、愛するコローニスその人だったのです。
コローニスはアポロンが帰ってきた姿を見つけて、よろこんで外へ出て迎えようとしていたのでした。
Apollo Killing Coronis
“Plate 16: Apollo Killing Coronis” 1606 by Antonio Tempesta via The Metropolitan Museum of Art
アポロンははすぐさま自分の過ちに気づき、できる限りの力を尽くして介抱しましたが、及ばず、コロニスはかすかにアポロンの名を呼ぶと、こときれてしまいました。
妻の亡骸を抱いて嘆き悲しむアポロンのもとへカラスが飛んできて、「あっ、アポロン様が、コー、コー、コー!」と声を上げました。
アポロンは怒り心頭に発してその言葉をさえぎり、こう言いました。
「呪うべき鳥よ、これからは、お前の一族は『コー、コー』と言う以外、声を発してなならぬ。
その、雪よりも白い羽根は、夜よりも黒くなって、人々に嫌われるがいい!」
これ以降、カラスはみな、まっ黒い姿となり、声もただ「コー、コー」とだけ鳴くようになってしまいました。
この、アポロンのカラスが星座になったのだといいます。
ちなみに…アポロンのもとには男の子が残されるわけですが、この子は、のちに立派に成長して、ギリシャじゅうに知られた名医になるのです。
その名は、アスクレピオス。
かれもまた「へびつかい座」という星座になっているんですよ。
ところで、前半で、からす座は下を向いてなにかをついばんでいるような姿に見える、といいました。
でも、一説によると、カラスは真っ黒にされてしまったんだから、夜空ではその姿は見えないのだともいいます。いわゆる「闇夜のカラス」ですね。
これは本来のギリシャ神話にはない解釈で、近年になって広まった説のようですが、その説によりますと、からす座の四角形に並んだ星は、からすの胴体をあらわしているのではなくて、アポロンがカラスを夜空に打ちつけた釘のあたまが光っているのだ、といいます。
また、からす座のすぐ隣に、コップ座という星座があるんですが、カラスはコップ座にくちばしが届かないような位置にはりつけにされて、すぐ目の前にコップがあるのに水が飲めないようにされてしまった、とも言われています。
ちょっとかわいそうな気もしますが、当然のむくいといえばむくいかも知れません。
うそも方便という言葉もありますし、罪のない嘘ならいいかもしれませんが、やっぱりひとをおとしめたりするような嘘はいけませんね。
苦し紛れのでまかせを言ったために悲劇を巻き起こしてしまい、自らもあわれな姿を夜空にさらすことになってしまった、うそつきカラスくん。
いかがでしょう。そんなお話を思い浮かべながら、晴れた夜には、星をみあげてみませんか。